フォシーガ(一般名:ダパグリフロジン)は、2型糖尿病や慢性心不全、慢性腎臓病の治療に広く用いられ、多くの患者様の健康維持に貢献している有効な薬剤です。しかし、その一方で、注意すべき副作用の一つに「尿路感染症」があります。「尿路感染症は主に女性の病気だから、男性は大丈夫だろう」そう思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、実はフォシーガを服用している男性にとっても、決して他人事ではありません。この記事では、泌尿器科医の視点から、フォシーガがなぜ尿路感染症を引き起こしやすくなるのか、そのメカニズムと具体的な症状、そして男性が特に注意すべき点や対処法について解説します。
フォシーガとは?その作用と尿路感染リスクの基本
フォシーガは、SGLT2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)阻害薬と呼ばれる種類のお薬です。主な働きは、腎臓の尿細管という場所で、血液中から一度ろ過されたブドウ糖(糖)が再吸収されるのを抑え、余分な糖を尿と一緒に体の外へ排出させることです。これにより、血糖値を下げる効果が期待できます。さらに、血糖降下作用だけでなく、心臓や腎臓を保護する効果も明らかになっており、適応範囲が広がっています。
この「尿中に糖を多く出す」というフォシーガの作用が、残念ながら尿路感染症のリスクを高める一因となります。尿は本来、細菌にとって栄養が少ない環境ですが、尿中の糖濃度が上昇すると、細菌にとっては格好の栄養源が増えることになります。つまり、細菌が繁殖しやすい環境が尿路内に作られてしまう可能性があるのです。一般的に、女性は男性に比べて尿道が短く、細菌が膀胱に侵入しやすいため尿路感染症を起こしやすいのですが、フォシーガ服用中は、この「尿が甘くなる」という状況により、男性もそのリスクから無縁ではいられません。
男性におけるフォシーガと尿路感染のメカニズム
では、なぜフォシーガを服用している男性において、特に尿路感染症への注意が必要なのでしょうか。そのメカニズムをもう少し詳しく見ていきましょう。
まず、前述の通り、フォシーガの作用によって尿中の糖濃度が持続的に上昇します。この「甘い尿」は、男性の尿路においても細菌の増殖を促す可能性があります。特に、普段から水分摂取が少ない方や、何らかの理由で排尿回数が少ない方は、細菌が膀胱内に留まる時間が長くなり、感染のリスクが高まります。
さらに、男性特有の要因として無視できないのが「既存の排尿障害」の存在です。特に中高年以降の男性では、「前立腺肥大症」によって尿道が圧迫され、尿の勢いが弱まったり、排尿後も膀胱内に尿が完全に排出されずに残ってしまったり(残尿)することが少なくありません。この残尿がある状態で尿中の糖濃度が上がると、細菌は豊富な栄養と温かい環境(膀胱内)を得て、より一層繁殖しやすくなってしまうのです。前立腺肥大症以外にも、神経因性膀胱など、排尿に問題を抱えている場合は同様のリスクが考えられます。
また、フォシーガの主な適応疾患である糖尿病自体が、体の免疫力を低下させる傾向にあります。血糖コントロールが不良な状態では、白血球の機能が低下し、細菌に対する抵抗力が弱まるため、感染症全般にかかりやすくなります。フォシーガは血糖コントロールを改善しますが、尿路という局所的な環境変化による感染リスクは別途考慮が必要です。時に、男性の尿路感染は症状が軽微であったり、典型的な症状が出にくかったりして、気づかないうちに進行してしまうケースもあるため、注意深い観察が求められます。
気づきのサインと予防・対処のポイント
フォシーガを服用中に尿路感染症を発症した場合、どのような症状が現れるのでしょうか。早期発見のためにも、以下のサインに注意しましょう。
* 排尿時の痛み、焼けるような感じ、不快感
* トイレの回数が増える(頻尿)
* 排尿後も尿が残っている感じがする(残尿感)
* 尿が白く濁る、血が混じる(血尿)
* 下腹部や腰部、脇腹の痛み
* 発熱や悪寒、全身の倦怠感
男性の場合、尿道炎を併発すると尿道からの分泌物や陰部の痒みなどが見られることもありますが、フォシーガに関連する尿路感染の主症状は上記のものが中心です。
では、尿路感染症を予防するために、フォシーガ服用者はどのような点に気をつければよいのでしょうか。
まず、「適切な水分摂取」です。医師から特別な水分制限の指示がない限り、十分な水分を摂り、尿量を増やすことで、細菌や過剰な糖を体外へ洗い流す効果が期待できます。次に、「陰部の清潔保持」。特に排尿後や排便後は清潔を心がけましょう。そして、「排尿を我慢しない」こと。尿意を感じたら早めに排尿し、膀胱内に細菌が留まる時間を短くすることが大切です。
もし上記の尿路感染症を疑う症状に気づいたら、自己判断でフォシーガの服用を中止したりせず、速やかに処方医または泌尿器科専門医に相談することが最も重要です。
フォシーガと上手に付き合うために
フォシーガは、多くの患者さんにとって、血糖コントロールの改善、さらには心血管イベントや腎機能悪化の抑制といった大きな恩恵をもたらす可能性のある優れた薬剤です。しかし、どのようなお薬にも副作用のリスクはあり、フォシーガの場合は尿路感染症に注意が必要です。
不安な点や気になる症状があれば、決して一人で悩まず、ためらわずに処方医や私たち泌尿器科専門医にご相談ください。適切な知識を持ち、医師と連携しながら対策を講じることで、フォシーガの恩恵を最大限に受けつつ、副作用のリスクを最小限に抑え、より良い治療を継続していくことが可能です。



